白いタキシードに身を包むアイツを見て、俺は改めて自分が馬鹿だと思った。 何やってんだ・・・俺・・・・。 姉貴と一本の銀色の棒を持って歩く姿は、まさに新郎で。 その隣で、ウエディングドレスを着た姉貴は立派な新婦。 まさに辞書通りの結婚式。 そして俺は、所謂、アイツの【義弟】になった。 もっと早く・・・アンタに会えれば良かったのに。 それとも、出会わなければ良かったと・・・思うべきか。 キャンドルに火が灯されていく。 二人の婚姻を祝福するように、オレンジの炎が灯される。 助けてくれなんて頼んでいない。 どんな時だって、他人を必要としなかったし、欲しいとも思わなかった。 俺の心を分かってくれる人間なんていない。 人はみな、その人が自分にとって、利益か害か、それしか考えていない。 だからアンタを始めて見た時、 本と向き合うあの無邪気な笑顔が、たまらなく・・・いとしくて。 その笑顔を、自分にも向けてもらいたくて。 本のように大事に触って欲しくて。 名前を呼んで欲しくて・・・・・。 「キャンドルサービス、 続いては新婦の親族の方のテーブルへ向かいます」 高まった気持ちが、司会者の言葉に一気に冷めていく。頭のてっぺんから、 冷水をぶっかけられたみたいに。 胸を苦しめる青い炎が、言いようのない赤い怒りに変化していった。 そんな自分に気付くことなく、宮城と姉が静かにテーブルに近付いてくる。 だいたいッ その気がねぇーなら助けにくんなよ!期待させやがって!! あんな馬鹿な不良の一人や二人、俺一人でも十分だったし。 そうだ、俺は悪くない、悪いのは全部・・・・・・! テーブルの蝋燭に火が灯し、ちらりと宮城と視線が合うが、何事もな かったかのように宮城は去ってしまう。 ふと、全てを悟った。 どんなに自分が自分の気持ちと格闘しても、 どんなに宮城を好きになろうと、宮城には伝わらない。 忍にとって宮城が好きな人でも。 宮城にとって忍は、・・・・妻の弟。 「・・・・・・・・・・っ」 言葉を発せずとも、 あの目は全ての真実を語っていた。 俺はアイツの【義弟】で、アイツは【義兄】。 ただそれだけ・・・。 愛される対象にすら、入ることはない。 真実から目を逸らすことも出来ず。 しかし真実は残酷にも鋭利な刃物のように深く、綺麗に、忍の心を抉っていった。 初めての恋。 初めての嫉妬。 初めての涙。 「・・・馬鹿みてぇ・・・っ」 忍は席を立った。 ぱちぱちぱち!と言う拍手の中、暗さに紛れて会場を飛び出す。 途中、行儀が悪いと声をかけてきた者もいたが、忍に立ち止まる意思も 余裕もなかった。 涙が止まらない。 頬を伝い、途切れることなく零れていく。 目に被せた制服の袖が涙を多少吸ってはくれたが、涙の速度には勝てない。 好きだ、好きだ好きだ好きだ・・・・!!! アンタが・・・・アンタが好きなんだ! 他の誰でもない・・・っ アンタが良い・・・! アンタが良いのに・・・!! 重たい式場のドアを閉め、力なくその場にうずくまる。ドア越しからでも、 曲や司会者の声で、二人の結婚式の様子が分かってしまう。 式を抜け出しても、これでは意味がない。 それどころか、現実から逃げてしまった情けさで、余計に涙が止まらない。 誰にも聞かれたくなくて、 後ろから大きなBGMに合わせて、腕を噛みながら泣いた。 「ぅ・・・・うっ・・・・あ゛あ゛あ゛・・・・っ」 後ろからは祝福の歓声、 前からは残酷な真実、 真ん中からは宮城への叶わぬ想い。 ぼんやりとする頭の中、 浮上してきた記憶は宮城との出会いだった。 日辺りの良い図書館の閲覧室。 たくさんの古書の山の真ん中に、アイツがいた。 誰よりも楽しげで、春の日向みたいな笑みを浮かべて。 男相手に、見惚れている自分に寒気がしたのに、気付けば図書館でアイ ツの背中を探していた。 そして不良に絡まれた時、初めて声を聞いて、 もっと・・・・好きになった。 この世界でアンタを一番好きなのは俺のはずなのに、 どうして俺達は結ばれないのだろう。 こんなに誰かを好きになる日が来るなんて・・・。 そしてこんなにも、 手が届かないことが悔しいと思う日が来るなんて・・・っ 「あ゛・・・あ゛あ゛・・・・っ 宮城の・・・ばか・・・・やろ・・・ぉぉぉぉ・・・・!!」 同じ国にいてはいつか会ってしまう。 会ってしまえば、また一層好きになってしまいそうで・・・。 このままでは・・・絶対・・・諦めきれない。 そうと悟った俺は、次の日、オーストラリアへ留学を決意するのだった。 |