離れていく唇。
 
 冷えていく唇に耐え切れず、宮城は忍の心を突き放した。


「送ってく」


 宮城の声は静かに忍を揺さぶった。

 忍は不安だった。


「結局それかよッ
 なんだよ『好きになってみよう思う』とか言っときながら、
 やっぱり押し切られてしぶしぶってオチかよ!」
「それは違う」

 
 はっきりした宮城の否定にも、忍は聞く耳持たない。

 こうなってしまうと、忍が落ち着くまで待つしかない。


「何が違うんだよ!
 キスしたって、それ以上のことはしないくせに!!」
「忍、俺の話を聞け」


 眉を顰め、今にも泣きそうな顔に、宮城は言うべき言葉
を飲み込む。

 感情的になってはいけない、分別ある大人ならば、冷静
にならなければ。


「いい加減な気持ちで、こういう事をしてるわけじゃない」


 ずるい人間がする、曖昧な言葉だと自覚していた。

 けれど、嘘はついていない。
 眼前の人が、真っ直ぐ過ぎるのだ。曲がることを知らな
い本心だからこそ、純粋な想いが乾いた胸に刺さって、痛い。
 
 痛みを悟られぬよう、強気の姿勢を崩さない。

 そんな冷たい宮城の視線に、忍は少しずつ冷静さを取り
戻していった。


「・・・ごめん・・・。
 疑うつもりは・・・なかったんだ」
 

 「帰る」と言う唇は、震えていた。その理由が怒りなの
か、悲しみなかの分からない。

 正直、忍を想う気持ちが、恋なのかどうか宮城には分か
らなかった。優柔不断と言われても仕方ない。

 けれど、忍がオーストラリアに戻ると聞いた瞬間、足元
がなくなるような喪失感に襲われた。 

 散々人を振り回しておいてと、怒りも少しだけあった。
 だが忍の泣き顔を見た時、言い知れぬ温かい気持ちが溢
れていったのも事実。


 迷って、いるのかもしれない。


 【何か】と忍の間で。



「忍」


 建前や大人と言う仮面を取っ払っとしたら、今の自分に
何が残るのか分からない。

 ただひとつ、言えることは・・・。


「俺は・・・」


 恋人の肩越しに見えるカレンダー。
 マス目に書かれた予定の中身は遠くて見えず分からないが、
赤丸がつけられた【特別な日】は、空白でも、きちんと把握
していた。

 先生の、墓参りの日。


「・・・お前が、いてくれるだけで良い」


 会えなくたって、
 声を聞けなくたって、
 キスが出来なくてたって、ただ生きてくれれば、絶望しない。


 生きててくれれば、それで良い。


 宮城は忍の頭を乱暴に撫でると、「なーんっつってな」っと
いつものように笑った。


 生きている以上、絶望とは背中合わせ。
 どんなに好きになったって・・・人はいつか死ぬのだから。