「あっ忍?俺だけど」 『・・・・登録してんだから、分かる。 仕事、終わったのかよ?』 「あぁついさっき」 『ふーん・・・。』 相変わらず愛想のない顔だこと。 ケータイ越しでも、相手がどんな顔をしているか、宮城には容易に想像ついた。 しかし、声を聞いただけで相手の表情が浮かんでしまう程、二人で共有する時 間が増えていることに、宮城は気付いていない。 『で・・・なに?』 「今家か?」 『・・・・そんなとこ』 「だーかーら、日本語は正しく使えちゅーに。 まぁそれはおいといて。 突然だけど、思い出して欲しいんだけどさ、 前、お前と一緒だった時、俺が立ち寄った古本屋の名前ってなんだったか覚えてる?」 『はあぁ?』 呆れたと言わんばかりの生意気な返答。 はいはい、 俺の前では包み隠さずの素直なご意見、ありがとう、涙が出てくるよ・・・。 『んなこと知るか』 「だよな〜」 『そう思ったなら訊くな!』 ・・・・なんか機嫌悪い? 何かしたかと記憶を辿るが、特に思い当たるふしはない。 大学で何かあったのだろうか。 こう言う時は、年上としては優しい言葉をかけるべきなのだろうが、今は生憎、 ゼミの生徒が側いて、迂闊なことは言えない。 生徒の女の子は、宮城と忍とのやりとりを心配そうに見ていた。 「教授っ あの私・・・・やっぱり自力で探しますよ?」 以前、忍と出掛けて立ち寄った古本屋に、偶然にも彼女が探していた本があった のだが・・・残念ながら、彼女の連絡先を知らなかった。 もしかしたら、もう手に入れてるかもしれないと、そのまま店を出てしまったのだ。 他のゼミの子伝えで伝えることも出来ただろうが、この時、長い本屋巡りに付き 合わされた忍がへそを曲げていたので、そこまで頭が回らなかったのだ。 「いやいい。君の論文のためだし」 『!』 あ・・・やば・・・・っ 宮城の対テロリスト用の危険信号が、激しく点滅した。 頭蓋骨をも突き抜ける怒鳴り声が、ケータイを伝い、宮城に直撃した。 『君って誰だよ! 今日残業じゃなかったのかよ?!』 暴れる忍を、宮城は頭の中でも宥めた。 「いや!違うっ違うんだよ忍ちん!! 残業をゼミの子に手伝ってもらってだな・・・」 『うっせ! ホモ助教授の次は生徒かよ!! この変態教授! 大学で何教えてんだよ!!』 あっ今のはうま・・・・じゃなくて! 「なに一人前に妬いてんだよっ お前が一番だって言っただろうが!!」 その一言は、効果覿面、だった。 『・・・・・・・・・・・・・・』 忍の罵声は、鎮火された花火のようにかき消える。 頭の中で、忍は俯いていた。 傷付いたからではない、その証拠に、耳や項が朱色に染まっている。 俺はその華奢な腕を掴み、自分の方へ寄せた。 コイツは、感情のまま動くときがある。 冷静になれば何でもないようなことも、無理して、俺を追いかける。 例え自分が傷付いても、俺を目指して走ってくるから・・・。 「忍・・・・」 時にはこうやって、甘やかさないと 「そっち・・・行くから」 体で教えてやらないと、こいつの淋しさを癒せない。 『いい・・・・大丈夫だから・・・』 「しの」 抱き締める寸前、通話は途切れ、プープーと言う電子音で遮断された。 とにかく家に寄ってみるかと一回電話を切たったが、どうしたものかと 溜息をつく。 「あ。」 女学生が顔を赤くして、口を押さえてこちらを見つめていた。 赤信号で前の車が停止したことをいいことに、宮城はハンドルに全体重 を預け、大きな溜息をついた。 最悪だ・・・・・っ こちら側の会話を聞いた女学生は、完全に忍を宮城の『彼女』と認識し ていた。 質問攻めに合うかと思いきや、彼女は何度もすみませんと謝ってきた。 少し拍子抜けしたが、嫌な気分はせず、謝られる度に「気にするな」と 言った。 元はといえば、古本屋の場所や名前を覚えていない自分が悪い。 夜も更け、車で送ると言ったが、「早く彼女さんの所に行って下さい」 と律儀な彼女は断ってきた。 「でもびっくりしました」 「何が?」 「先生って・・・もっとこう・・・ドライっていうか、 大人の関係を持つ人なんだと思ってました」 はは・・・大人ねぇ・・・。 色んな意味で忍とはかけ離れた話だ・・・いや俺達か・・・・。 「でも!電話でもあんな熱い台詞を言っちゃうくらい、 らぶらぶだったんですねっ なんだか私・・・・感激です・・・・」 「小林、オジサン相手に、語尾にハートをつけるのはよしなさい・・・」 シフォンの白いスカートを翻して、彼女は笑った。 「宮城先生、私、応援しますよ!」 「しなくていいしなくて!」 俺の今まで築いてきた威厳は、どこへ行ってしまったのだろうか・・・。 彼女と別れた後でも、彼女の言葉が耳から離れない。 未だ変わらぬ信号をいいことに、煙草に火をつける。 『大人の関係を持つ人なんだと思いました』 俺もだよ。 嫁と別れて、あぁ・・・やっぱり、俺は誰かに傍にいてもらう資格は ないのだろうと思った。 俺の心は、ある時を堺に、普通の人間より狭くなった。 何故なら、先生との思い出をしまっておくため。 自分のやりたいこと、理想の他は先生を忘れないために、心の半分は 過去でできていた。そこを埋めてまで、他人を受け入れる気は全くなかった。 だから、誰かに傍に居てもらおうなんて、むしのいいことは言わない。 嫁と結婚したのは、『大人の関係』を理解してくれる人だと思ったから。 だが違った、俺は根本的に間違っていた。 彼女にも、心があると言う事を忘れていた・・・。 信号が青に変わる。 ハンドルをきり、やがてマンションの駐車場が見えた。 仄暗い駐車場に車を止める。 何が大人だ・・・・。 他人を受け入れたくなっただけじゃないか・・・。 背広に入れたままのケータイを取り出し、着信履歴の一番上をリダイ ヤルする。 コールは三回もならぬうちに、通話となった。 空気の音は聞こえるのに、声は聞こえない。 『もしもし・・・』 「お前、家にいるんだよな?」 車を下り、エレベーターのボタンを押す。 『・・・・・うん』 自分の階を押し、扉が閉まる。 閉まったばかりなのに、早く開けと思う。 目的の階につき、扉が開いたと同時に足が動く。 気付けば走っていた。 「あのさ、忍・・・・」 いつもの俺なら、近所迷惑だと思い、早足止まりにしようとも 思うが、今の俺は明らかに走っていた。 三十五の男が、マンションをドタバタと走っている。 『み、宮城?なんか・・・走ってる?』 「あぁ走ってる」 一分一秒ももったいない。 お前に会えない時間が、長ければ長いほど、苦痛に感じる。 ドア一枚さえも、蹴り破りたいほどだったが、僅かに残った理性 で踏みとどまる。 ガチャン!!とドアは開かれた。 今までの俺には予測も出来ぬ、未知の道を、俺は選んだのだ。 三十五年間、築きあげてきた俺という城は、ふらりと現れたある ひとりのテロリストに、完全に占拠されてしまったらしい。 責任を取ってもらおうか、テロリスト。 「・・・・・・・・・・あれ?」 『・・・・・・・・・・・・・』 そこには、想像していた人物の影すらなく、部屋に灯りもついて いなかった。 「お前、家にいるって・・・・」 全てを言い終わる前に、宮城に予感が過ぎる。 急いで自宅の鍵を取り出し、慣れ親しんだ玄関に上がると、 『・・・・・・・・・おかえり』 ソファに座る人物と同じ声が、ケータイから聞こえた。 「み」 戸惑う瞳を無視して、呼吸する忍の口を咬みつくように奪う。 胸の突起を指で押すと、シャツ越しにそこが立ち始めていた。 「忍・・・・・」 忍の中心も立ち上がり始めていた。 上下に擦ると、人に聞かせたくない甘い声を上げられる。 忍は恥ずかしそうに、両腕で顔を隠す。宮城は邪魔な細い腕を、 ひとつにまとめ、ソファに押し付けた。 「んぁ・・・っ」 口内全体を舌で舐め、シャツごと胸の突起を舐めると、正直な 体はビクン!と反応を示した。 蜜の溢れ出てくるそこを愛撫しながら、今度は直に突起した胸 を歯を立て舐める。 「ん・・・やっ・・・」 見上げてくる濡れた瞳からは、涙が零れていた。 「ぁ・・・・みや・・・ぎ」 理性の糸が、切れる音がした。 愛しくて、大切で、でも時に気持ちが伝わらない。 だがそれはお互い様なんだろう。 「残業で遅くなるから会えない」と言ったのに、コイツは ずっと待っていたんだ。 膝を抱えて、眠りそう目蓋を擦って、俺を・・・・。 想像するだけで、愛しさが込み上がる。 「あっあっ・・・い・・・っ痛っ 痛い・・・痛い・・・宮城・・・・・んぁっ熱いっ」 「すぐ・・・良くなる・・・っ」 「あッあッあッ」 大人げない、 らしくない、 みっとも無い。 どう言われようとかまわない、コイツを追いかけている時 の俺は、確かにガギになる。 自分が自分じゃないみたいに、冷静でいられなくなる。 人前で告白だって出来るし、マンションだって走れる。理 性が役に立たない時もある。 だがこれも、『俺』なんだ。 「宮城・・・・ッ」 お前は、こんな『俺』でも好きでいてくれるか? 「みや・・ッ好き・・・ッぁッ」 俺もだよ。 言葉はいつだってすぐ消えてしまうものだから、スマート にキスするのではなく、我武者羅に精一杯の想いを込めて、 優しくも熱っぽいキスを贈るのだった。 その後で。 「あーなんだったけな・・・・」 「・・・・? あぁ・・・本屋?まだ言ってんのかよ」 「お前もさ・・通りの名前とかぐらい、覚えてねぇのかよ?」 「んなもん知らねぇよっ」 「模試判定オールAの記憶力を、ここで使わなくどーする」 「うるせぇな!! テメぇーと一緒に居る時にっ いちいち場所とか店の名前まで気が回らねぇんだよ!!」 「え・・・・・・」 「・・・・・・あ。 ・・・・・・・・・・いや・・・その・・・・っ うわ!?おい!宮城!!離せ!抱きつくなエロ教授!!」 (可愛過ぎる!この天然め!) |