突然だが、
 俺は運命を信じてない。

 
 よく、『出逢った瞬間、この人だと思った人と結ばれた』という人がいるが、
中学時代の友達に、可愛い子可愛い会う子に、運命を感じている奴がいたっけ。
けれどそいつに、彼女できたという話はおろか、噂の煙も上がらなかった。

 あ、勘違いして欲しくないので補足しておくが、断じてそういう人達を否定
しているわけではない。世の中にはそんなきらきらした、素晴らしい出来事が
あっても決して悪くはない。
 むしろ、ぶらぼー!ふぁんたすてぃく!!こんぐらっちれーしょん!と言いたい。
 だが不幸なことに、俺にはそんな幸福は訪れていない。

「やめろ!ばかウサギ!!朝っぱらから何しようとしてんだよ!!」
「」
「やっぱり言うなァァァ!!」

 出逢いは最悪、
 出逢ってからはもっと最悪。
 コイツに逢ってから、俺の平和は道路工事のアスファルトように、粉々になった。

「我が儘な奴だな。言えと言うから言おうとしたのに」
「はいはいはい!申し訳ごぜぇましたよ!
 私が全て悪かったですッですから退きやがれって下さい変態てんてー!・・・ん?!」

 最低最悪、子供時代に見たアニメの悪役だってコイツには勝てない。

 なのに

「んっ・・・・んふぁっ・・・・ん!」


 キスは、どびきり優しい。


「・・・・・美咲」
「・・・・・うっせ」

 くすくすと笑う目元は、意地の悪さがにじみでていた。
 

 真っ赤になるな俺の顔っ
 奴の思う壺じゃないか!


「ちょっ・・・・駄目っ駄目だって!!ウサ・・・ンぁ」

 俺は奴の浸食を止めるべく、言い訳を探す。

 大学、今日は日曜日。
 バイト、ウサギさんの仕事の邪魔にならないように詰め込みまくって
今日は久々のオフ。
 朝食の後片づけ、さっき終わっちまった!几帳面な俺のばか!!

「観念するんだな」
「しっ仕事は!?あんなに頑張ってた仕事!!」
「喜べ。今から三時間と十五分前に終わった」


 喜べねぇ!むしろ終わらせるなちきしょぉぉ!!


 心の叫びなど露知らず、大きな手が美咲を拘束した。
 ネクタイをほどく音が、やけに耳に響いて体の底から熱が浮かび上がってくる。
 唇が重なる瞬間恥ずかしさで目をつぶる。

「んぅ・・・・ぅっ・・・・んぁ」

 くちゃくちゃと舌が重なる度、いやらしい音がする。
 その音が聞こえる度、耳まで舐められているような気になる。
 腰を撫でる冷たい手とは裏腹に、絡まる舌は熱い。


 俺は運命を信じない。


「ウサギさ・・・・ん・・・っや・・・だっ」
「素直になれよ」
「んっんっや・・・・・ぁっ」


 運命の筋書きがあるなら、俺はそれをびりびりに破いた挙句、燃やした灰を海
へ捨ててやる。
 そんなもののために、家族が死んだなんて思いたくない。
 兄ちゃんがどんなに辛い思いをしても、『仕方がない、こうなる運命だったんだ』
の一言で片付けられたら、俺はたまらない気持ちになる。そしてそいつを、完膚
なきまでに殴りつけてやる。
 だから俺は、運命を信じない、信じたくない。


「美咲」

 名前を呼ばれただけで包まれる。
 抱かれるだけで動けない。
 突かれるだけで溢れていく。


 そして、
 アンタは俺の大事なものを奪っていく。


「愛してる」


 だが奪われたものは、
 さらに輝きを増してここへ戻ってくる。


 俺を壊さないように、
 心から大事にしてくれる、人。


「はぁ・・・・はぁ・・・んっ」

 乱されてかき回されて、好き勝手したくせに全てが終わった後のキスは
触れるだけの、穏やかなもの。
 しかしそのキスは終わりを意味するから、せつなくなって。


 俺は思わず、ウサギさんの首に腕を回して離れないようにした。
 熱に浮かされて意識がはっきりしない。


「――――――ないで」


 きちんと言えたか不安だったが、ウサギさんには届いたらしく、笑ってくれた。


「どこにもいかない、美咲を置いてどこにもいかない」

 
 安堵が、胸を満たしていく。


 出逢うべくした出逢った運命の人、
 なんてロマンチックな言葉、ウサギさんは口にしても、俺は口にしない。

 俺達はそう、たまたま、偶然、ひょんなことから出逢っただけ。
 ただそれだけの、事なのに・・・。

 俺を愛撫する頭を抱きしめるだけで、胸が熱くなる。
 抱いているのか、抱かれているのか。
 甘えるように、ウサギさんは俺の胸に頬を寄せた。


 不思議だ。
 確かになにもかもが最悪な人なのに。



「ウサギさん・・・・」




 下手をすれば一生出逢わなくても良い人、だった・・・はずなのに。
 偶然の恋、だったのに。




 今は・・・・・こんなにもっ



「ウサギさん・・・・っ」



 この人の傍を、
 離れたくない自分がいるんだ。