絵本に出てくるお姫様は、
綺麗なドレスと王冠かぶって、
白い馬に乗った王子様が当然のように迎えに来る。
そして困難の末、二人は結ばれ、めでたしめでたし。
でも現実に、『めでたしめでたし』なんて存在しないの。
朝イチで講義ある時は大変だ。
洗顔、歯磨き、服を着てファッションショーみたいに見えないところも、もちろんチェック。
今日は少しだけ巻いて、固めるためのスプレーの霧が口に入って咽たりして。
鏡の前の立つ時間、合計何時間かなんて覚えていられないほど。
いつもそう、
なのにアンタは気付かない。
服に合わせて出しておいた高めのヒール。
ショップで見つけたスマートで、大人っぽい靴。
いつも背伸びしなければキスは届かないから。
せめて身長だけでも大人にしてくれる、高さ五センチのヒール。
いつもそう、
それでもアンタは分からない。
「仕事だから」
私が逆らえないこと、知ってて言ってるでしょ?
「このガキが」
じゃぁ逆に訊くけど、大人って何?なんなのよ!
「バカ可愛い」
そんな言葉じゃ騙されない。
いつもそう、
やっぱり何がいけないのか、分からない。
「人前じゃ何も出来ないな」って言うけれど、
横断歩道を待つ時ぐらい、
本を読むのをやめて、
右手が空いていることに、気付いて欲しいの・・・。
待たされるなんていつものこと。
それでも、無意識に、耳にはめ込まれたイヤホンをひとつ外して、あの人の声を探してしまう。
一秒でも早く会いたくて。
「足が痛い」
ベンチに一緒に座って欲しかったのに。
「喉が渇いた」
アンタが飲んでるので良かったのに。
「甘いものが食べたい」
疲れてるから、アンタに食べて貰いたかったのに
言葉ひとつひとつ、裏目に出てしまう。
どうしていつもこうなるの・・・っ
本当は怖い。
「わたしはあなたに必要ですか?」
そう訊くことが、未だに怖い。
だから我侭だと思ったら叱って欲しい。
白い馬に乗っていなくたって、
私のピンチに側にいなくたって、
傅いて「お姫様」って呼ばなくたって、
あなたがわたしの、
ただひとりの王子様には変わりない。
本を読む横顔に 私は恋をしました。
だからそのままでいて。
嘘だよ・・・本当は気付いて欲しいの。
分からないよね、
分かってないよ・・・。
だから私 世界で一番 一番我侭なお姫様。
分かってない。
分かりはしないさ。
俺がどんな気持ちで会ってるのか、お前は想像も出来ないだろう。
世間から見れば俺は「オジサン」で「教育者」で「大学教授」。
そんな俺が、女子大生の美女と歩いてるんだぞ?
髪型が変わっていること?知ってたよ。
けどせっかくのセットが崩れるといけないと思ったら、頭も撫でられない。
新しい靴?確かに変わってたな。
そんな高いヒールなんて履いて。足を怪我するのではないかと、ひやひやしたよ。
「仕事だから」
言い訳して悪いと思ってる。
「このガキが」
本当はそんなことが言いたいんじゃないんだろ?分かってる。
「バカ可愛い」
どうしてそんな可愛いことが言えるんだよ・・・っ
強がりで、不器用で、でもいつも俺のことを想ってくれる。
健気で、どうしようもなく、可愛いお姫様。
本当は迷ってる。
「俺を選んで後悔してないか?」
そう訊くことが、未だに出来ない。
ひとを想う強い瞳を 俺は愛しました。
だからそのままでいて欲しい。
俺がもし『白馬の王子様』だったら、
ひたすらに「ごめん」と謝れたのだろうか。
素直に「誰より可愛い」と言えたのだろうか。
会議よりもアイツを優先して、会いに行ったのだろうか。
三十何年間培ってきた孤独の強さは、未だ崩せぬまま。
何も言わなくても、黙って許してくれ・・・なんて。
都合が良過ぎるって分かっているんだ。
苺の乗ったショートケーキ。
こだわり卵のとろけるプリン。
仲直りの証。
甘いものが食べたいって、こんなので良いのか・・・?
上條に相談・・・いや、俺が選ばなきゃ意味がない。
だって俺だけが、あの不器用な優しさに気付ける唯一の男だから。
・・・どーして気付かない?!
冷蔵庫に入っているのに、お前はキャベツしか目に入ってなくて。
いつものように夕飯が終わってしまう。
冷蔵庫の中眠ったまま、結局俺も恥ずかしくて言い出せなかった。
可愛い顔して言うことはきつく、
大人っぽいヒールと意地っ張りな王冠をかぶったお姫様。
十七歳も年の違う、カッコ良くもない年寄りの王様に一目惚れ。
そして困難の末二人は結ばれたけれど、どうしてかめでたしめでたしといかなくて。
勇敢で、優しくて、けれど未熟な王子様だったのは、昔のこと。
俺は世界で一番卑怯な王様。
分かってない。
君は知らないだけ。
それでも
こんな俺を好きと言ってくれたんだな。
横断歩道、
並んだ小さな肩が愛しくて、本当は抱きしめたかったけれど。
これ以上、本を読むふりするのも、もどかしい。
赤信号、早く変われと祈っていると、ふいに隣にいた体が動き出す。
慌てて彼女を引き寄せた。
「轢かれるっ危ない!」
勢い良く走り去るバイク。
間一髪で彼女の眼前を過ぎていった。
手に持っていた本は消えていた、本なんてどうでもいい、彼女が無事なら。
・・・そんな顔するなよ。
脱げたヒールを拾い上げ、足に履かせた。
ちらりと見えたその顔は、
耳まで真っ赤で、
言葉で言い表せないほど可愛いひと。
君と恋をして、
本当の王子が目を覚ましたんだ。
今度は本を拾って知らん顔。
手は繋げない、けれど伝わったはずだから。
「置いてくぞ?」
これが俺の、愛し方。