Love Puzzle




「ん・・・な・・・にっ」 「んー?」 「ぁっ・・・しつ・・こっ宮城・・・・!」  白い肌を舐めるのに忙しい口は五月蠅いとすら言えない。  窪みを舌で抉ると、くすぐったさと気持ち良さの狭間の高い声があがった。 「ま・・・だ、かよッ」 「焦んな」  焦点のぶれきった瞳は解放を求め、宮城の腕や背中に無数の傷を残した。  まるで遠く離れても自分の存在を忘れぬよう、刻み込むように。 「・・・ん・・・ぁッ」 宮城の愛撫に応えるように、細い背や首が弓の如く撓り、 天井へと向かった。  熱の固まりが体中を駆け巡り、恋人が悲鳴を上げる。解放を塞き止め、 苦痛を与える自分の名を、忍は必死に呼ぶのだ。 「みや・・・ぎッ」 そしてまた、  二人は世界で一番愛しいひととキスを交わした。  宮城は煙草に火をつけベットにもたれた。火照った体では、ベットより床の方が 冷たくて心地良いのだ。 「電話する」  サイドテーブルの上の灰皿を取ろうとすると、蔦のような腕が灰皿を床に置いた。 顔は見えぬが、背後では確かに美しい花が咲いている。 「いい・・・大学、試験期間入るから」 「・・・あっそ」  煙草は燃えた分だけ灰になり、受け皿に灰を落としながら余韻に浸る。 「・・・いつ帰ってくるんだよ」 「二週間後。きっとあっと言う間だ」  早いか遅いかなんてのは個人差で。忍がどう思ったかは、宮城には分からなかった。  あと一週間も経たぬうちに、宮城は海外で催されるイベントに、国文学者の 一人として招待されている。  テーマは『HAIKU』なので、敬愛してやまない松尾芭蕉の話をひたすらしよ うと思っていた。  いつも以上に気合いの入った資料やら手続きやらで、ここ数ヶ月近く多忙な 日々を過ごしていて。やっと時間ができたと恋人をよんだのは、出国前夜だった。  明日の夕方には、日本でもアメリカでもない海と空の間に、自分はいるのだろう。  文字通り『時間がなかった』ため、二人のやりとりは性急だった。  忍は数ヶ月ぶりの空白を埋めるように、  宮城は数ヶ月と二週間分の空白を埋めるように、相手を求めた。  紫煙が揺れる。  アメリカに行ったらきっと、この紫煙とは別の煙を俺は吐くのだろう。  ここは日本で、恋人のいる空間で・・・揺れる煙。  同じ人物、同じ銘柄の煙草でも、きっと煙はどこか違うはずだ。 汗が乾き寒気を感じた宮城は、パジャマを取り出そうとクローゼットを開けた。 だが一番最初に目に入ってきたのは恋人のジャケットだった。  以前泊まりにきた時、忍が忘れていったもの。  隣だし、また使うだろうと思ううち、すっかり忘れていたものだった。 その他にも、忍の着ていた私服がいくつか入っていて。  自分の服のほとんどは旅行バックに詰めてしまったせいで、クローゼットは 忍の服に占領されているように見えた。  まるでキャベツで埋め尽くされた、冷蔵庫のように。  そうだ・・・。  コイツはいつもそうやって、俺の周りを侵食していく。  着実に、じわじわと。  気付けばアイツが視界に入って放っておけなくて、  危なっかしくて、馬鹿で可愛くて、でも・・・心の底から愛しくて。  ふいに、昔友人に借りてはまってしまったパズルゲームを思い出す。 『テトリス』という名の、そのゲームは、歪な形の積み木を重ね合わせ、 空間を埋めていくゲームだった。  かじりつかれたビスケットのように、不規則な歪さの積み木。  その歪さを利用し、綺麗に空間を埋め消していかなくてはいけない。  空間が少しでも残っていると、積み木は消えてくれない。  なのでひとつでも積み木の形の選択を誤ると、空間が増えていき、おける スペースが無くなった時点で、ゲームオーバーになってしまう。 初めはそんな歪で未熟な想いだった。  決して綺麗とは言えない、穴だらけの不完全な恋心。  それでも気付けば、心にできた空間が埋められていた。  消えてしまえばいいと思って選択するも、想いは募っていった。  膨らむ想い、間近となったゲームオーバーライン。  最後の選択を、迫られる。  悩んでいたことが馬鹿らしく思えるくらい、  口から飛び出てた言葉は、自分の中に眠っていた真実だった。  ただ お前を好きになってみたいと思った  告白でもない、ただのまやかしかもしれない言葉を、  忍は泣いて受け取ってくれた。 そう、ひとつひとつは確かに未熟だが、  決して輝きを忘れぬその積み木は、消えることなく、俺を満たしていたのだ。  クローゼットの扉を閉め、俺はベットでうなだれる端正な横顔を撫でた。  眠そうに、眼がゆっくり・・・と開く。  宮城の名を呼ぼうとする口に舌を潜り込ませ、無抵抗な舌を優しく撫でる。  心なしか唾液が甘く感じた。  柔らかい水音が寝室に響いていく。  少しだけ、気持ちが満たされて。  これ以上は彼も息苦しいだろうと、宮城は口を離した。  離れゆく舌を名残惜しそうに忍が追いかける。  だが完全に離れると、忍は諦めたように口を閉じ、瞳は開けた。  まるで今夜最後に見る恋人の顔を忘れないよう、眠気を振り必死に払ってい るようだった。  かすかに開いた瞳は、露を浴びた朝顔の蕾のように綺麗だった。 「好きだ」 告白は、次から次へと溢れていった。 「ずっと傍にいてくれ。  お前が必要なんだよ、どこにもいくな。  好きだ・・・愛してる、ずっと・・・忍・・・」 蕾はやがて眠りの淵へと誘われ堅く閉ざされてしまう。  それでも宮城は、耳朶や頬、あらゆるところにキスをした。 「おやすみ・・・」 そして最後に、  良い夢が見れるよう、まじないのキスを瞼に贈った。 テトリスと テロリスト。 どこか似ていることに気付くと同時に、その言葉遊びのくだらなさに苦笑する。  すやすやと眠る恋人の顔を、宮城はしばらく見続けていた。 ぬくもりを求め、首の後ろに手を忍ばせる。  細くもしっかりと息吹を繰り返す恋人の体を抱きながら、後を追うように 宮城は眠りに就くのだった。