煌めく鋭利な先端、それはまるで星の瞬きに似ていた。 キラキラと輝く。 俺達も、こんな風に輝いていた時間があったはずなのに。 「宮城っ」 腕を引かれ、どこか別の世界へ引き戻された気がした。 振り向き目に入ったのは、鏡のような眼鏡と俺を心配そうに 見つめる両目だった。 「どうした?」 「・・・教室、戻んねぇのかよ?もう美術終わったぞ」 見渡した美術室はがらんとしていた。 油の匂いと、部屋を囲むように彫刻の像があるだけだった。 授業終了の鐘は、いつ鳴ったのだろうか。 赤いフレームを持ち上げ、友人は呆れたように溜息をついた。 「お前・・・ちょっと休め。 学年トップが一日ぐらい学校休んだって、ここは馬鹿ばっかりだぞ? 順位は変わらねぇよ」 「なに言ってんだよ、この前まで冬休みだっただろ」 「馬鹿ッ」 顔を無理やり上へ持ち上げられる。 真剣な眼差しの中に、どこか悲しい色を隠していた。 そこでようやく、彼が自分を気遣っていることが分かる。 俺は笑った。 もう誰にも、心配をかけたくなかった。 「ありがとう・・・」 背中を叩き、もう一度、今度は力強く笑った。 するとようやく、友人は安心したように頷いた。 その目には、薄っすらと涙が滲んでいて。 「無理すんなよ。 俺達、と・・・友達なんだしッ なんかあったらすぐ言えよ!!」 あぁ・・・俺は、 良い友を持って幸せです・・・先生。と心の中で呟いた。 彼も俺同様、「泣いてない!」と嘘付きで強情だった。 「教室でな。なんかついでに買ってくるもんある?」 「んー・・・いいッ」 「あ、もし余ってたら、お前の好きなコロッケパン奢ってやるよ! ありがたく思えよ? その代わり、古文の宿題写させて」 「そんなことだと思ったよ」 俺達は笑い合った。 これが【普通】で【日常】だ。 「じゃあとで」と、彼は購買へパンを買いに行った。 遠のく上履きの足音。 パタパタパタ。 まるで小鳥の羽ばたきのような音。 それはカウントダウン。 足から、 腕から、 背中から、 頭上から、 再び襲われる、黒くも赤くもない世界。 日常に溶け込む、キョウキの世界。 宮城は彼が話しかけてきた瞬間、画板の下に隠していた彫刻刀を取り出した。 柄を強く握り過ぎたせいで、指が白く変色していた。 柄の反対側、キラキラとした部分を左手首に当てる。 これを右上に引いた瞬間、俺は先生の元へいける。 あのひとが、 【普通】にも【日常】にもいないならば・・・ 俺が会いにいけばいい。 センセ・・・ソシタラ、オソロイダネ。 天国というぐらいなのだから、きらきらとしたあの時間が戻ってくるのだろ。 【思い出】が続く。 星の光を越え、空間を越えて、続くのだろう。 ただただ、先生の笑顔がもう一度見たくて・・・。 「先生・・・」 俺は星の軌跡を手首の描く寸前、 大きな風が、美術室の窓を大きく揺らした。 何度も窓が揺れ動き、まるで誰かが何を訴え、揺さぶっているようだった。 手から、彫刻刀が落ちていく。 床に落ちた衝撃で、刃と柄が二つに別れると、それはもう鈍く光るのみだった。 鈍い光が眼前を通った時、目が覚める。 俺・・・今・・・ッ 自分がとっていた行動に、唖然とする。 まるで何かに取り憑かれたように、体に重力が戻り、床に膝つく。 頬を濡らす雫は汗だった。 やがて窓の揺れが治まっていく。 宮城はハッと我に返ると、急いで立ち上がると窓を開けた。 自分と空を隔てていた窓を取り除いたというのに、荒々しいぐらいのあの風は消えていた。 残ったのは、波紋のような、人の手に似た柔らかい風。 「先生ッ 先生・・・なんだろ・・・?!」 答えは訊いちゃ駄目、よく考えて宮城。 あなたなら、きっと分かるはず。 先生はいつもそうやって、俺を優しく諭してくれた。 「駄目だよ・・・俺っ 全然分からないッ いや・・・分からなくていいんだよ! だって・・・先生以外の・・・幸せになんて!!」 宮城、あなたならきっと・・・ 「先生・・・ッ」 頬を撫でていた風が天高く、舞い上がる。 「先生ぇ!!」 天に掲げるこの腕は まるで天使に救いを求める咎人。 蹲る体の中で嗚咽だけが木霊して、俺はやっぱり、泣くことしか出来なかった。 教会の鐘のように、昼休みを告げる鐘が響いていくのだった。