なんか急に甘いものが食いたくなったと言う弘樹に、野分は仕事用の鞄を漁る。 患者さんの女の子に貰った飴を差し出すと、弘樹に怪訝な顔をされた。 オレンジ味の飴は好きではないのだろうか。 メロン味もありますよ?と言うと、「そうじゃなくて!」と眉間に更に 深い皺が刻まれた。 伸ばしてあげようとしたら、遂には叩かれる。 「あー!!!!! お前って奴は、まったくよォ!!」 「何が、まったくなんですか・・・?」 何がそんなに気に障ったのか分からない野分は手を擦りながら、弘樹が 素直になってくれるのを待った。 どうやら自分は無意識のうちにヒロさんの嫌がることをやってしまうらしい。 先日も、かまって欲しくて病院で貰ったお饅頭を一緒に食べようと言った ところ、機嫌を損ねてしまった。 どうやら、『看護婦さん』から貰ったお土産というのが引っかかり、いら ぬ嫉妬を妬かせてしまったらしい。 それを聞いた時、不謹慎だったが「ヒロさんが俺にヤキモチを妬いてくれ たなんて・・・!」と感動してした。 嫉妬とは本来負の感情なのだろうが、大好きなヒロさんなら大歓迎だ。 プライドが高く、感情を露わにすることを極端に嫌う人だから、正直嫉妬 だろうと怒りだろうと、自分に感情をぶつけてくれることは嫌ではなかった。 ヤキモチ妬いてくれて、ありがとうございます。 ・・・その言葉が原因で、また殴られてしまったが、本当のことだから仕方ない。 俺はもう少し言葉を選ぶべきかもしれないが、ヒロさんを見ると頭より先 に感情が口から飛び出してしまうから、困ったものだ。 「ヒロさん、でも患者さんってまだ六歳の女の子ですよ?」 「六歳!?お前そんな幼子まで貢がせてやがっ じゃなくて! お前はなんでもホイホイ貰い過ぎッ んで、俺にポイポイあげ過ぎだって話だよ!!」 弘樹曰く、貰ったのは野分自身なのだから、きちんと野分が食べなければいけない。 食べきれないとか腐らせるとかは別として、それが礼儀であろう。 律儀な弘樹に、野分はなるほどと頷いた。 もし弘樹のためにあげたものが、他人の手に渡っていることを知ったら、 野分は悲しくて落ち込んでしまうかもしれない。 野分は自分の非を認め、心の中でそっと親切にしてくれた人達に謝った。 「あのヒロさん・・・。 これからは貰い過ぎには注意します。 だからこの飴はたくさん貰っちゃたので、食べるの手伝ってもらえませんか?」 そういうことなら、仕方ないかと弘樹は頷く。 これからは注意するという野分の言葉を信じ、胸の中で六歳の女の子に お礼を言いながらひとつ貰うことにした。 「あ、味たくさんありますよ。 普通の果実系味や抹茶に柿味、ウニ、梅こんぶにジンギスカン」 「・・・本当に六歳の子からもらったんだよな・・・?」 渋い、と言うかあまりに予測不可能な味のチョイスに面を食らう。 「なんか、『ふつーのあじに、あきちゃたのよねー』って言ってました」 「今時の六歳児って・・・。 俺は一般的な普通の味で良いんだが・・・」 最初に提案してくれた味が良いと言うと、野分は「オレンジですか? はいどうぞ」と手渡されたので、それにすることにした。 ビニール製の袋をピりッと破り、口に放り込む。 やはりオーソドックスだが、これが一番落ち着く。 ウニ味など、想像しただけで生臭そうだ。 何気なく飴の袋の裏側を見ると、子供向けのなぞなぞが書かれた。 そのなぞなぞはあまりに使い古されたものだったので、考えるまでも なく答えが分かってしまったので、暇つぶしにもならなかった。 すると、興味を示した野分がなんですか?と言わんばかりに近付いてきた。 まったく、犬みたいなやつだ。 「なぞなぞだよ」 「なぞなぞ?」 「あぁ・・・でも簡単過ぎてつまらねぇぞ」 「どんなのですか?」 「え、やんのかよ?読むのも面倒な程簡単だぜ? えっと・・・ 『怒られた時飲む飲み物、なーに?』だと」 簡単過ぎて笑ってしまう弘樹とは裏腹に、顎に手をあて真剣その もので悩みこむ野分に弘樹は笑ったまま固まる。 「怒られた時飲む飲み物・・・ですか・・・?」 わかんねぇのかよ・・・!!! 「っというか、 怒られている時に、飲み物なんか飲んじゃ駄目じゃないですか」 「・・・お前って本当に変なところ真面目だよな・・・」 「え?本当ですか??」 「いや誉めてないから」 ぱっと明るくなった野分の誤解を、弘樹の言葉が両断する。 暗くなる野分には目もくれず、恋人の変さを弘樹は改めて実感した。 この程度のなぞなぞなら、園の友人などと出し合ったりしなかったのだろうか。 「ほら、あれだよ。人を怒る時、なんて怒るか思い出してみろ」 「え・・・うーん・・・。あまり怒ることがないので」 「・・・まずはそこからかよ・・・」 「あ、でも ヒロさんはよく『ボケカス!』とか、 『アホ!バカ!まぬけ!の三テンポ揃ったおたんこなすめ!』とか言いますよね」 なんでそんなに覚えてるんだよ・・・っ 怒り心頭に発した時の自分の台詞などいちいち覚えていない。 冷静になって聞いてみると、なんだか馬鹿なことを言っているな・・・と、 自分の事ながら、かなり恥ずかしかった。 「俺のことは忘れろッ」 「なんでです?」 「なんでもだ。 ・・・お前、悪戯とかしなかった?小学校の時とか」 「ヒロさんはしてたんですか?」 「・・・・・今のことも忘れろ」 「はぁ」 これ以上墓穴を掘りたくない弘樹は話をそらす。 「ほらよくのびたが先生とかに言われてるだろー? 『○○ー!のびくーん、また0点とって君はー!!』とか」 「の、のびた君?? ・・・・・・・すみません、ヒロさんのお知り合いですか?」 「・・・やっぱいい」 漫画やアニメに興味無さそうな人物に訊ねた自分が悪い。 モノマネまでして、やり損もいいところだ。 もう答えを教えてしまおうか面倒だしと弘樹が弱音を吐く。 「じゃぁさ、俺が悪いことしたら、お前なんて怒る?」 「ヒロさんが・・・悪いこと・・・?! だ、駄目ですヒロさん! 俺頑張って、ヒロさんを満足させるように最善の努力を尽くしますから!」 「なにを想像してんだよっ」 がくがくと、今にも泣きそうな野分に両肩を掴まれ前後に揺さぶら ながら、弘樹はげっそりと訊ねた。 どうせまたくだらないことだろうが、一応訊いておく。 「ヒロさんが俺で満足出来ないからって、俺の知らない人達とヒロさんがさ」 「ボケナスがァァァ!!」 しかも『達』ってなんだよッ 複数じゃねぇか! おまけに『さ』ってなんだよッ 3Pの『さ』かよ!! 難易度の高い被害妄想しやがってアホ野分! 舐めていた飴が口から飛び出してしまいそうなくらい叫びながら、野分 の腹に思いっきり、回し蹴りをくらわせてやる。 絶対死んでもありえない妄想しやがって・・・! 好きな奴以外とのセックスなど、昔の忌々しい自分は別として、今の弘 樹には絶対無理な話であった。 他人に触られるのでさえ、今は鳥肌が立ってしまうというのに・・・お 前だけだよ、有難く思いやがれ馬鹿めっと弘樹は心の中でそっとぼやいた。 野分は床に蹲り悶えていたが、弘樹のイライラは治まらい。 蹴り倒した今でも、自分の一途さを軽く見られたようで腹が立ったのだ。 その丸まった背中に足を乗せ、弘樹から『例えば』を提案する。 「例えば、例えばな! 飯食いながら平然とメールするとか」 弘樹の提案に、床に激突した肩と足が直撃した腹を擦りながら、野分は答える。 「はぁ・・・でも・・・そんなことぐらいじゃ・・・俺怒りませんよ。 ゴホッ・・・行儀悪いとは、思いますけど」 「良いんだよそれで。 行儀悪い!そんなことしちゃ駄目です!とか。 ほかにそれ見た途端に叫びたくなる言葉は?」 「んー・・・」 ごろんと大の字になり、野分はしばらく考えていた。 これで分からなかったら答えを教えてやろうと、弘樹も床に座り込み野分 を見下ろす。 すると、野分は答えが分かったのか、むくりと起き上がると、弘樹の鼻頭 を ちょん と人差し指で押す。 「ヒロさん めっ ですよ」 至近距離の野分の微笑みと、優しげな低音の声。叱るというより優しく諭す ような物言いだった。 「!!?!!」 恋人の思わぬ可愛らしい行動に、弘樹は顔から火がふくほど真っ赤にすると、 そのままソファに逃げ込む。 やばいやばいやばい・・・! クッションで顔を隠しても、きっと真っ赤な耳は見えてしまう。 心臓が飛び出しそうなほど、ドクドクと五月蝿い。 慌てふためく野分を他所に、弘樹はうつ伏せのままクッションに顔を埋めた。 鼓動が早過ぎて、血の巡りの速さに軽い眩暈がする。 「ヒロさん!ヒロさーん! どうしたんですか?? ヒロさーんもしもーし・・・!」 う・・・うるさい・・・ッ 弘樹は口に入った飴を噛み砕きながら、心臓が落ち着くのをひたすら待った。 そう言えば、野分に叱られたことが滅多にない。 もしあんなふうに叱られるなら、少しだけ悪いことをしてみたいと思ってし まう自分が、一番恥ずかしかった。 「ヒロさん・・・顔見せてください」 「まだ駄目だ!」 「見せてくれないなんて、意地悪ですね」 「あァ!?」 「ヒロさん めっ ですよ」 バコン!! こうして、 弘樹の弱みを、野分は再び易々と握ってしまうのだった。 |